電話占いの示した条件
彼女はパイロットになる夢を秘めながらも、ミネソタ大学で看護婦としての教育を受け、サンフランシスコのフレンチ病院で働いていた。
彼女の毎朝の通勤路の途中に、BAT(ボーイングーエアートランスポート、ユナイテッド航空の前身のひとつ)のオフィスがあった。
ある日意を決したエレンは、当時BATのサンフランシスコ支店長だったスティーヴースティムソンを訪ねることにする。
本当はコパイロットの職を求めて訪れたものだったが、もちろん問題にされなかった。
だが、その後も彼女は毎日のようにオフィスを訪ね、空への強い憧れを語り続けた。
折からスティムソンは、長距離便にスチュワードを搭乗させる案を検討していた。
そこである日彼は、スチュワードを採用する計画を彼女に告げた。
なぜ、空の乗客係が女性ではいけないのか、女性も男性同様の仕事ができるIそれがスティムソンの企てに対する彼女の意見だった。
そして、看護婦の資格を持つ女性を使うアイディアを提出した。
スティムソンは、エレンのアイディアを社長補佐だったウィリアム(パット)・パターソン(後のユナイテッド航空社長)に伝えた。
重役たちは乗り気ではなったが、パターソンは彼らの意見を押し切り、エレンをチーフースチュワーデス兼リクルート係として採用、彼女とスティムソンにスチュワーデスの採用を命じる。
採用にあたっての条件は、看護婦の資格を持ち、教養があり性格がよい、そして二五歳までの独身の女性とされた。
身長は一六三センチメートル以下、体重は五二キログラム以下で、その身体的制限は当時の旅客機にとって重要な要素だった。
給料は月一〇〇時間の飛行で一二五ドルたった。
こうして看護婦の資格を持つ八人の若い女性が、世界初のスチュワーデスとして、大空の職場を得ることになったわけだ。
ただし、スチュワードの女性形であるスチュワーデスは、当時は馴染みのない言葉だったので、彼女たちはスカイーガールと呼ばれることが多かったという。
とにかく世界ではじめてのことだったので、エレンとスティムソンは協力してサービスーマニュアルの作成やユニフォームのデザインを行った。
ユニフォームは、ダークグリーンを基本に、丸首の白いブラウス、ウールのダブルブレストのジャケット(銀ボタン付き)、プリーツ付きの膝下丈スカートの組み合わせだ。
シャワーキャップ型の帽子も、長いケープも、ダークグリーンのウールだった。
靴は黒のオックスフォード。
ただしキャビンでのサービスの際には、明るいグレーのナースキャップとスモックという看護婦姿に着替えた。
以前筆者は、この最初のユニフォームを見せてもらったことがあるが、寒い上空での着用を考慮してか、かなり厚手の印象だった。
こうして、このユニフォームに身を包んだエレンーチャーチら八人は、一九三〇年五月一五日、ボーイングーモデル印二発複葉旅客機(二天乗り)に乗り組み、オークランド(サンフランシスコ)~シカゴ線の、オークランド~シャイアン(ワイオミング州)間にはじめて搭乗した。
シカゴまでは、途中降機一三回、所要時間二〇時間のフライトだった。
その後八人のスチュワーデスたちは、ふたつのグループに分けられ、それぞれ束行き、西行きのフライトを担当するようになった。
エレンーチャーチ、ジェジー・カーター、エリスークロウフォード、イーネズーケラーが、オークランドから束ヘシャイアンまで、マーガレットーアーノット、ハリェットーフライ、アルヴアージョンスン、コーネリアーピーターマンが、シカゴから西ヘシヤイアンまでの乗務を担当した。
ユナイテッド航空は、エレンら八入を、アメリカ初の七人の宇宙飛行士、マーキュリー計画(一九五九年)の「オリジナルーセブン」をもじって「オリジナルーエイト」と呼んで誇りにしている。
最初のスチユワーデスーマニュアル「なすべき事と、してはいけない事」以下に挙げるこれが、エレンーチャーチとスティーヴ・スティムソンが作った世界初のスチュワーデスーマニュアルだ。
勤務中は常に、充分に訓練された奉仕者としての礼儀と慎みを保つこと。
常に笑みを絶やさず、しかし乗客に親密すぎる態度はとらないように。
途中の降機地では、必ずチケットにパンチを入れること(ルートによっては、一三か所以上の途中降機がある)。
すべての乗客の手荷物にバゲッジータグを付け、搭乗時にチェックすること。
乗客用の食事(フライドチキン、リンゴ、ロールパン、ケーキ)、熱いコーヒー入りの魔法瓶を積み込むのを忘れないように。
「他に、サンドイッチ、ピクルス、ポテトチップス、フルーツカクテル、ブイヨンスープ、ティーバッグ、お湯入り魔法瓶なども」制服着用時の機長、副操縦士には、常に社儀を尽くすこと。
搭乗、降機の際には敬社すること。
コクピットークルーの私物を確認し、迅速に機内に搭載すること。
[当初パイロットたちは、空の職場に女性が加わることを歓迎していなかった。
パイロットの奥さんたちはもっと歓迎していなかった]キャビンの壁に設置された時計のねじを巻き、高度計をセットすること。
窓枠のホコリを払い、ランプシェードをきちんとする。
フライトの前に、籐椅子のシートを床に留めているボルトを確認すること。
[ユニフォームのケープには、大きなポケットがあって、ここに彼女たちはレンチ、ドライバーを入れていた]プロペラ回転中は、その回転半径に誰も入り込まないよう注意すること。
離陸後、キャビン内に入り込んでいるハエを取ること。
[ハエ叩きは必需品だった]火の点いた吸いさし煙草やごみを、窓の外に捨てないよう、乗客に注意を払うこと(特に住宅地域上空で)。
[当時の旅客機の窓は開いたので、これは重要な仕事。
また、乗客が化粧室を使うとき、間違って乗降ドアを開けないよう監視するのも重要だった]乗客と話をするときや、食事のサービスをするときには、キャビン後方を向くこと。
前を向いてかがむと、ユニフォームが乗客の顔にかかってしまう。
会話を交わす際には、注意深くスカートをたくし上げ、乗客の横にしやがんだ姿勢でいること。
[とにかく通路が狭かった]旅客機が予定外の着陸をする場合に備えて、鉄道の時刻表を常に持参すること。
最寄りの駅まで乗客を送って行くことが、期待される。
[悪天候や機体のトラブルで不時着することが多かった。
鉄道時刻表は常にケープのポケットに入っていた」長距離の夜間飛行の際、スリッパがある場合には、乗客に次のように言うこと。
『サー、靴を脱いで脚を休めたいとご希望でしたら、スリッパがございます』。
乗客が希望したら靴を脱ぐのを手伝い、それを返すときまでに靴をピカピカに磨いておくこと。
眠っている乗客を起こすときには、びっくりさせることがないように、その肩にそっと触れること。
もし効き目がない場合には、乗客の肘を強くつまんでみること。
これで確実に目覚める。
その他、このマニュアルにはなかったが、シートベルト、ブランケットのチェック、シートの背のポーチに、地図、ポストカード、ハープカップ(つまり嘔吐袋のこと)、雑誌(彼女たちが乗務前に自分で買ってきた)が収められているか確認、化粧室のタオルとペーパーの確認、騒音防止用の耳栓の綿、耳抜きをするためのチューインガム、飛行機酔いの乗客に与える鎮静剤など必需品の確認などの仕事があった。
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